IHT代表 毛利ユカの園芸療法お福分け

美味しいと聞いても、食べるまで分からない

2020年5月22日

美味しいと聞いても、食べるまで分からない


ある方から「土いじりや農耕を愛する方に心の広さ・大きさを感じる事が多々あるのですが、なぜなのでしょうね?」と聞かれました。上手く答えられずボンヤリと帰って来たのですが、この問いは心に残りました。

先日、畑でムカデが出ました。自分の身を思えば退治した方が良いのに(このムカデにも家族がいるのでは)と躊躇して見なかったことにしてしまいました。

薪を割った時もそうです。アリが巣をくっていたのでしょう。卵を抱えたアリたちが右往左往している姿をどうしてあげることも出来ずに見守るばかり。

新緑のまちの庭

家庭菜園の気楽さとセンチメンタリズムと言われればそうかもしれません。
しかし自然は人の心を揺さぶります。
このような些細な事に心が揺れることを悪くない事だと思っています。

それどころか園芸療法士として大人はもちろん子供たちに是非感じてもらいたい、と思っています。
心が耕されて丈夫に豊かになっていく、と感じているからです。

樹齢30年をこす樹木を6本切りました。
近年の酷い台風対策で、泣く泣く切りました。ヒコバエが育つ新しい楽しみもできました。
木に御礼。大切に丁寧に薪を割る日々。

『私が庭や畑をより良くしようとした時、はからずも誰かの命や生活を奪っている。私が奪う事があるならば、はからずも奪われることもあるだろう。今回のコロナのように。』

農園芸の体験と経験は、そのような感覚を私の腹の底に横たわらせたな、と感じています。

感覚と言えばもう1つ『自然に対する畏怖の念』は、どんな時もあります。

小さな草花から大木まで優しくて怖い、尊い命です。
井戸を掘れば水が出る、そんな奇跡のようなことってあるかしら?
これを当たり前と思うのは、あまりにも傲慢です。

マスクをして歩く幼児を目にする今、当たり前の奇跡を実感してくださる方も多いのではないでしょうか?
これらを心が広く大きいというならば自然を愛する人々の多くがそうだと思います。

今年は、お庭自慢の皆さんどなたも自分だけの秘密の花園でしたね。

バーチャルな体験やリモート生活を強いられている中、『体感』を希求する人が増えていると信じています。題にした通り、膨大な情報も自分が体感しないと本当の事は解りません。

余談ですが在宅に居ることで断捨離した、と聞くたびに人の価値観が今後「物より体験・経験」に大きく傾くかな?と思っています。

また、コロナ以前の大量生産・大量消費といった適正範囲を大きく超えるような経済や物質の成長社会をコロナ後の社会で再目標にするのは私個人的には違和感があります。

コロナがもたらした負の面に屈せず、皆様が幸せに生きて行く目標を見直す変換期になりますよう。
どうぞ悲観せず、楽観もせず前向きに。

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毛利 ユカ

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